士別士
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園章の由来≫

秋を見つける⑤
幼稚園のドングリもようやく(遠足で行った)神社山のドングリに追いついてきたかな?
2016/09/27
秋を見つける④
秋の深まりを感じます…
2016/09/23
秋を見つける③
西洋梨
このようにたくさんの実をつけたのは初めて。

今年は、銀杏にはお目にかかれないようです。
自然界サイクルに感情を感じます。

2016/09/15
秋を見つける①
ススキ(芒、薄) と ハギ(萩)
共に秋の七草の一つです。
2016/09/14
秋を見つける②
ドングリ
園庭のドングリは、「みずなら」のもの。
「あかなら」2本にも、いつか実がつくことを期待しています。

他に、「くるみ」も楽しみに待っているものの一つです。

2016/09/14
手押しポンプが仲間入り    ≪但し、飲用不可≫
 つめたぁーい! つめぇ~ッつめぇ~ッ!!
 チュチュのふたりが使い初め
 次から次へとあそび方(探求心、集中力)を発見、そして歓喜の叫び。
   体感全開中。
           じぃーと見守りたい瞬間であり、同じ心持ちにさせられる場面です 

2016/07/26
雑草ジャングル

 雑草を目にする度、多種多様な種の表れに力も勇気も与えられる。とは言っても、その勢いたるや凄まじく、つい倉橋先生の〃ことば〃を引いてみたくなった。



  雑    草
   休暇あけの幼稚園の庭が、また雑草園になっている。子どもを迎えるにも何も格別の準備のない中で、こればかりは大した準備だ。
 子どもを迎える第一の用意は、どうして子どもたちの心をらくにさせ得るかにある。準備準備と心を入れ過ぎて、余りに隅々キチンとしていると、子どもは一種の窮屈を免れないであろう。といって余りの乱雑不秩序は、子どものやわらかい心を面くらわせ、らくを通り越して混沌たらしめるであろう。要はその中庸である。建築内は、掃き清められ、拭い清められていなければならぬ。庭も、刈るべき芝と整うべき枝とには充分手が入れてなければならぬ。そうした上で、伸びるがままに伸びさせられ、茂るがままに茂らされている雑草園こそ、教養の間に漏れ出ている天真の素朴さのようなものである。子どもたちの心に、何より自然ならくを与えずにはいないであろう。

         倉橋惣三選集第三巻  育ての心 
子どもたちの中にいてより

 

 

 

 
 
ジャングル化したこの園庭に限り、休暇前の仕事となりそうだ。
 
 
 
 
 
夏休みの三日前、シルバーさん総勢6名の方々のお世話になりました。暑い中、本当にありがとうございました。

 

 

2016/07/16
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